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高松高等裁判所 昭和44年(う)42号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある高松高等検察庁検察官立岡英夫提出にかかる松山地方検察庁検察官岡田照志作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する弁護人らの答弁は、弁護人阿河準一、西田公一共同作成名義の答弁書及び答弁書別冊に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

第一  事実誤認の主張について(控訴趣意第二点)。

一  本件争議行為に至るまでの経過について。

所論は要するに、原判決は国鉄労働組合(以下国労という)が本件時限ストの指令を発するまでの経過につき、国鉄当局側の態度を強く非難し、当局側が従来の労使慣行に違反して国労以外の他の三組合と先に団体交渉を妥結し、国労に対し当局案の妥結を強硬に迫つたので、国労側は当局の不当な態度に強く反撥して本件争議に入つたものである、と認定しているが、原判決の右認定は事実の誤認である。すなわち、元来原判決がいうような慣行が存在していた事実はなく、また国労以外の三組合も少数組合とはいえ、それぞれ団体交渉権を有するのであるから、右三組合が当局の提案を受諾すれば当然団体交渉は妥結に至るのであつて、そのこと自体何ら慣行に反した不当な行為ではなく、また国鉄当局が団交を有利にするため故意に国労に先んじて少数組合との妥結をはかつた事実もなく、当局としては国労との団交が終了するまでは年度末手当の一方的支給はしない方針をとつていたものであり、且つ少数組合との妥結結果を国労に押しつけた事実もないのであるから、原判決の前記認定は明らかに事実を誤認している、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも綜合して検討するに、原審証人臼井享(第一、二回)、同石川俊彦、同江田三郎、当審証人山田耻目、原審、当審証人河村勝(但し後記認定に反する部分を除く)の各証言によれば、昭和三七年三月当時国鉄における労働組合としては、国鉄労働組合(組合員数約三二万人)のほかに、国鉄動力車労働組合(組合員数約五万六千人)、国鉄職能別労働組合連合(組合員数約一万三千人)、国鉄地方労働組合総連合(組合員数約一万三千人)、その他十数個の少数組合があつたが、当局たる国鉄本社と団体交渉権を有する労働組合は、右の国労、動労、職能連、地方連合の四組合のみであつた。そして、当局が右四組合と団体交渉を行なう場合、例えば年度末手当など国鉄職員全般に共通した賃金その他の労働条件等については、先ず最大の多数組合である国労と団体交渉を開始し、国労との間で交渉が妥結した後において、少数組合である他の三組合と妥結をはかるのが永年の慣わしであつた。そして、従来国労をさしおいて他組合と先に妥結した事例は全くなく、本件が唯一の例外であり、本件以後も現在に至るまで右の方式が引続き行なわれているのであつて、昭和三七年三月当時においては、右の方式が団体交渉に関する慣行として既に確立されていた。ところで国労は、昭和三七年二月当局に対し、日本国有鉄道法四四条二項にもとづく昭和三六年度末手当につき、基準内賃金〇・五ケ月分プラス三千円の支給を要求し、当局と交渉を重ねたところ、当局側から同年三月二三日、年度末手当は〇・四ケ月分を支給する旨の正式回答があり、更に交渉を続けた結果、同月二六日、〇・四ケ月分プラス一千円を支給する旨の回答(いわゆる最終提案)があつた。ところがその頃、国労は当局側が従来の慣行に反して国労との妥結前に少数組合と先に妥結し、その結果を国労に押しつけようとしている気配があるとの情報を得たので、当局の右態度は従来の慣行違反であり、且つ国労の組織破壊の意図がある重大問題であるとして、急遽翌二七日早朝から東京における国電ストを計画し、その旨の指令を発して抗議態勢をととのえた上、同月二六日午後八時頃からの団交に臨み、その席上当局側に対し、先に少数組合と妥結することは慣行違反であり、多数組合の団体交渉権の否認であると強く抗議した。その結果、当局も、国労をさしおいて少数組合と先に妥結するようなことはしない旨を言明したので、国労もこれを了承し、翌日以降更に団体交渉を継続することとして、先に計画した国電ストの指令を解除した。ところが意外にも、翌二七日早暁に至り、当局は国労を除外したまま、突然他の三組合と前記最終提案の内容で先に妥結調印し、その後同日午前一〇時頃から開かれた団体交渉の席上において、国労に対し前記最終提案の線は絶対に譲歩できない旨を強く繰返し、他組合とは既に最終提案の線で妥結しているのであるからもし国労がこれを受諾しなければ一方的にその金額を支給することもあり得る旨を表明して、右最終提案の受諾を強硬に迫つた。これに対し国労は当局の右のような態度に強く抗議したのであるが、両者の主張は平行線をたどつたまま交渉は決裂状態に陥つた。そこで国労は緊急中央執行委員会を開いてその対策を討議した結果、当局が前日の約束を破り且つ従来の慣行に違反して少数組合と先に妥結したことは、著しい背信行為であり、また少数組合との妥結結果を既成事実として国労に押しつけるのは、多数組合の団体交渉権の否認であり国労の組織破壊行為であるから、これに対しては組織を挙げて当局に強く抗議すべきであるとし、同日、各地方本部に対し指令二四号を発して、「各地本は三月三〇日午後一〇時以降三一日午前八時までの間に二時間の時限ストライキを実施すること」との指示を与えた。以上の事実を認めることができる。

論旨は、国鉄当局が少数組合と先に妥結したのは、何等不当な行為ではないというのであるが、右に認定したとおり、国鉄職員全般に通ずる労働条件等の問題に関する限り、当局側が国労と妥結したのちにおいて他組合と妥結するという団体交渉の方式は、昭和三七年三月当時既に慣行として確立していたものであり、しかも同月二六日、当局側が国労に対し右慣行の尊重を約しておきながら、翌二七日早暁抜打的に他組合と妥結調印したことは、国労に対する背信行為であるとの非難を受けてもやむを得ないところである。また論旨は、少数組合と雖も各自団体交渉権を有するのであるから、当該組合が受諾の意思を表明する以上、団体交渉の妥結は自然の成行であるというのであるが、前記のような永年にわたる慣行が存在し且つ国労に対してその尊重を約している以上、当局側としては、たとえ少数組合が国労に先んじて受諾の意思を表明したとしても、その正式妥結の時期(例えば調印の時期)を後日に持越すなどして、従来の慣行をできるだけ尊重するのが、労使間における信義誠実の原則からしても妥当な途であつたと考えられる。更に論旨は、当局が国労に対して少数組合との妥結結果を押しつけたこともないというのであるが、当局側が少数組合との妥結の事実を背景として国労に対し、同様の妥結を強く迫り、場合によつては右金額による一方的支給もあり得ることを表明したことは、前認定のとおりであつて、国労側が、かかる当局の態度を以て少数組合との妥結結果の押しつけであり、国労の団体交渉権の実質的否認、組織破壊の意図があると受取つたことは、無理からぬところであるといわねばならない。

してみると、本件争議行為に至るまでの経過について、原判決には所論のような事実の誤認は認められない。

二  被告人らの本件ピケツテイングの目的について。

所論は要するに、原判決は本件ピケツテイングの目的について、直接には明示していないが、列車の乗務員に対して本件時限ストへの協力方を説得するためであつた如く認定している。しかし、原判決の右認定は事実の誤認であつて、本件ピケは当初から列車の運行阻止を目的としていたものである。すなわち、国労四国地本は、国労関西本部から「ストを決行して、列車にできるだけの打撃を与えよ」との指令を受けて、列車の運行阻止を初めから積極的に企図したものであり、また本件ピケは、当局側の再三にわたる退去要求をきき入れず、組合員数百名が列車の前に立ち塞がつて気勢をあげたものであるから、もはや相手を説得する行動ではなく、列車阻止行動そのものであつた。従つて、本件ピケの目的が、当初から列車阻止による業務妨害にあつたことは明らかである、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも綜合して検討するに、原審証人越智繁、同春木谷定行、同酒井時雄、同友国毅、同永井栄、同松本政弘、同宮崎芳雄、同藤川守雄、同柳原敏太郎、同笹本利光、同大村元彦、同田中誉、同渡辺博、同浅尾清司、原審、当審証人重松勅正、同太田重作、同横尾虎雄の各証言、矢野正一郎、露口守(第一回)、深田祐一の各検察官に対する供述調書、押収してある八ミリフイルム一巻(証第一号の二)、原審、当審での被告人らの各供述、被告人大野の検察官に対する昭和三七年四月一七日付、同月二〇日付、同月二一日付(三通)各供述調書、被告人宮道の検察官に対する同月一八日付、同月一九日付各供述調書を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、国労本部は、前認定のとおり当局が国労をさしおいて少数組合と先に妥結したことに抗議するため、昭和三七年三月二七日、各地方本部に宛て指令二四号を発したのであるが、国労四国地方本部は、同日昼すぎ頃、関西本部から、「三月三〇日の午後一〇時以降三一日午前八時までの間に、二時間の時限ストライキを決行せよ。その場合運転部門一箇所を選び、列車にできるだけの打撃を与えよ。」との指令を受けたので、直ちに、当時四国地本執行委員長であつた被告人大野、同書記長であつた被告人武知、同執行委員であつた被告人宮道、その他組合役員らが出席の上、四国地本執行委員会を開いて討議した結果、本部の指令に従つてストライキを実施することとし、ストライキ実行の場所を松山駅、実行の日を同月三一日と定め、実行の時刻や方法は後日松山において決定することとした。そして、同月三〇日夜、松山において国労四国地本及び同愛媛支部の執行委員からなる闘争委員会が開かれ、その席上、翌三一日の早朝午前三時四〇分から同五時四〇分まで職場放棄をして、二時間の職場大会を松山駅構内で開くこと、国労以外の支援労組員は駅構内に入れないこと、などを決定した。かくして、同月三〇日夜には、国労愛媛支部前のテニスコートにおいて国労組合員らによる決起大会が開かれ、更に翌三一日午前零時すぎからは松山駅構内ホーム上でデモ行進などが行なわれた。そして、同日午前三時すぎ頃には駅構内の線路の周辺附近で組合員多数が集合して気勢をあげていたところ、投光器の照明を浴びたりフラツシユで写真を撮影されたりしているうちに次第に興奮が昂まり、折から上り二番線路上にあつた松山駅午前三時四二分始発高松行六D準急行列車いよ一号の前面線路上に組合員が漸次集まるようになり、午前三時三〇分頃には右列車前面の組合員の数は三、四百名位となつた。被告人ら組合幹部としては、当初からいよ一号の前面にピケを張る計画はなかつたのであるが、事の成行上やむを得ないと判断し、当局側から何らかの話合のあることを期待して、列車前面の組合員をそのまま存置した。かくして列車前面の組合員らは、被告人ら組合幹部の指揮、整理のもとに、スクラムを組んだり喊声をあげたりして気勢をあげ、年度末手当に関する当局側の態度に抗議の示威をすると共に、列車乗務員に対しても本件時限ストへの協力を要請した。これに対して当局側は、原判決認定のとおり、退去要求の放送やのぼりを掲示することによつて、組合員らに再三退去を求めたのであるが、被告人ら組合幹部としては、当局側から事態の収拾について幹部間の話合の申入があることを心待ちしていたのと、もし列車が現実に発進を始めた場合には直ちに組合員を立退かすつもりであつたので、当局側の退去要求にも拘らず、そのまま同日午前五時三〇分頃まで組合員らを列車の前面に存置させていた。以上の事実を認定することができる。

論旨は、国労関西本部からのスト指令に、「列車にできるだけの打撃を与えよ」との文言がある点を捉えて、組合側が当初から列車の運行阻止を企図していたものであると主張するが、列車に打撃を与える方法としては、直接列車の運行を物理的に阻止することのみに限られるわけではなく、国労組合員が職場放棄をなし、或は列車乗務員を説得してストに協力させること等によつても、列車の運行に打撃を与えることができるのであるから、右指令の中にかような文言があつたからといつて、直ちに本件争議行為の目的が、当初から列車の運行を物理的に阻止することを企図していたものとは認められない。また論旨は、本件ピケの態様からしても、当初から列車を阻止する目的であつたことが明白である旨主張するのであるが、前認定のとおり、被告人ら組合幹部としては、当初から列車の前面にピケを張つてその運行を物理的に阻止することを企図していたものではなく、駅構内で職場大会を開いて気勢をあげることを予定していたところ、駅構内の線路附近で組合員らが集合しているうちに次第に興奮が昂まり、漸次列車の前面に集まるようになつたものであり、もし被告人らが当初から本気で列車の運行を阻止するつもりであつたならば、より有効簡明な方法である信号扱所の占拠等の方法を採つていた筈である。そして、列車前面で組合員多数が集つて気勢をあげたのは、年度末手当に関する当局の態度に抗議の示威をすると共に、列車乗務員に対しスト協力を要請するためのものであつたから、結果的にはいよ一号の発進に支障を来たすことになつたとしても、それがために当初から列車の運行の物理的阻止を目的としていたものとは、たやすく断定することができない。

そうすると、本件ピケツテイングの目的について、原判決には所論のような事実の誤認は認められない。

三  本件ピケ行為による威力の程度について。

所論は要するに、原判決は本件ピケによつていよ一号の発進が最終的、決定的に不能になつたものではなく、同列車取扱助役横尾虎雄、機関士永井栄らにおいて、なお発車させうる余地が残つていたのにその措置をしなかつたかの如くに認定し、ひいては本件ピケ行為による威力の強さはさして大きくなかつたものとして、本件ピケ行為の正当性を肯定する資料としているが、原判決の右認定は誤りである。すなわち、当時いよ一号の列車従業員は、本件ピケ行為により完全にその自由意志を制圧され、発車予告ベルの吹鳴以後の発車措置をとりうる余地は全くなかつたものであり、本件ピケ行為により同列車の発進は最終的、決定的に不可能な状況となつたものである、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも綜合して検討するに、前記二において挙示した証拠によれば、既に認定したとおり、いよ一号の前面線路上に集つた三、四百名の国労組合員らは、被告人ら組合幹部の指揮と整理のもとに、スクラムを組み喊声をあげるなどして気勢をあげ、当局の態度に抗議の示威をすると共に同列車の乗務員らに対して本件時限ストへの協力方を要請したのであるが、国労組合員らは、同列車の機関士、機関助手及び車掌が列車へ乗務すること自体については何らの妨害を加えなかつたので、右乗務員らは平穏に乗務することができたものであり、また同列車の取扱助役のプラツトホームにおける行動についても何らの束縛を加えなかつたので、同助役も自由にその職務を遂行できる態勢にあつた。ただ同列車取扱助役横尾虎雄は、プラツトホームにおいていよ一号の発車定刻に乗客に対する発車予告ベルを鳴らしたのであるが、依然としていよ一号前面に組合員ら多数が立ち塞がつていたので、引続き発車合図をすることは可能ではあつたけれども、発車合図をしても組合員らが容易に立退かないものと判断して発車をあきらめ、その後になすべき発車合図をしなかつたものであり、従つて同列車の機関士永井栄も助役の発車合図がない以上、発車汽笛の吹鳴及び発進をしなかつたものであつて、それ以上に国労組合員らが現実に乗務員らを直接束縛したり、列車自体に物理的な有形力を行使してその発進を阻止したりする行為は全くなかつたことが認められる。

右認定の事実によれば、なるほど本件ピケ行為によつて結果的にいよ一号の発進が妨げられたことは否めない事実であるけれども、さきに認定したとおり、被告人ら国労組合員としては、当初から列車の発進妨害を一義的に企図したものではなく、また本件ピケの方法も、列車乗務員らに対する自由の束縛や列車自体に対する物理的な有形力の行使等は全くなかつたのであるから、たとえ結果的には列車の発進が妨げられたとはいえ、それに至る過程及び行為の態様において、例えば乗務員の身体に対する実力行使、信号機や転轍機能の実力による制圧、列車自体の運転機能に対する有形力の直接行使等を手段とする争議行為に比較すると、本件争議行為は、その態様がより間接的であつて、不当に過激なものではなかつたといわねばならない。なお論旨は、原判決が、いよ一号の取扱助役や機関士らにおいて発車させうる余地が残つていたのにその措置をしなかつた如く認定しているとして、縷々主張するのであるが、原判決は助役や機関士らにおいてなお発車させる余地が残つていたとまでは認定しているわけではなく、要するに国労組合員らが、乗務員や信号機、列車自体などに直接物理的実力を加えて発進を最終的決定的に不能にする行動に出たものではない点を強調説示した趣旨であることが明らかであるから、右の論旨はその前提について誤解があるというべきである。

そして以上認定の事実に照すと、本件ピケ行為による威力の程度については、原判決には所論のような事実の誤認は認められない。

四  本件ピケ行為による被害の程度について。

所論は要するに、原判決は本件ピケ行為による被害の程度がさして大きくなかつた旨認定しているが、右は事実の誤認である。すなわち、元来高度の独占性を有する国鉄の列車運行業務を阻害することはそれ自体国民生活に重大な障害を及ぼすものであり、殊に予讚線は四国における主要幹線であつて、松山駅はその重要な地点であり、松山駅での列車の乱れは当然高松までの各駅へ累を及ぼすものであるし、本件ピケ行為のため、いよ一号の発進が阻害されたことにより多大の被害を生じ、また午前四時四〇分発高松行普通列車、同五時二一分発新居浜行普通列車の運休、遅発の結果もまた相当の被害を生じたものである。なお本件ピケの結果、右の三列車以外にも数本の旅客、貨物列車の運休、遅延が発生している。従つて、本件ピケによる被害の程度は極めて甚大である、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも綜合して検討するに、なるほど一般的な抽象論としていえば、国鉄の列車運行業務は、所論のとおり高度の独占性を有し、私企業のそれと比較すれば極めて大規模であつて、一般国民生活との関連性が密接であり、従つて、その業務を阻害することは原則として国民生活に及ぼす影響が多大であるということができる。

しかしながら、本件争議行為による影響の程度を具体的に考察するに当つては、右に述べたような抽象的、一般的見地からだけで決し得ないことは勿論であり、その被害の実態を把握するためには事実に則した実証的検討を加える必要がある。すなわち、たとえ国鉄の列車運行業務が阻害されたとしても、それが場所的、時間的にみて一部地方の閑散な機会に行われたものであるならば、大都会におけるラツシユ時の私鉄運行業務の阻害に比較すると、後者の方がはるかに国民生活に及ぼす実害が多大であることは、極めて見易いところである。そこで本件につき、具体的事実に則してその影響の程度を考察するに、原審証人森田吾郎、同門屋一夫、同西山充、同藤川守雄、原審、当審証人太田重作、同重松勅正の各証言、原審、当審での被告人らの各供述によれば、国労四国地本は、本件時限ストを実施するにあたり、なるべく乗客等に迷惑をかけない配慮の下に、早朝である午前三時四〇分から同五時四〇分までの閑散な時間帯を選んだものであり、当局側に対しては事前に本件ストを通告し、列車利用者に対しても事前にストを予告するなどの努力をしており、当局側においても、本件ストに対処すべく種々の対策を講じていたものである。そして、本件争議行為の結果、松山駅始発の午前三時四二分二番線発高松行準急行列車いよ一号の発車ができず、ひいて同線路上より発車すべき午前四時四〇分発高松行普通列車が発車できず、更に同線路上より発車すべき午前五時二一分発新居浜行普通列車が約二七分延発する結果を招来した。しかし、右各列車はいずれも早朝閑散時の、且つ松山駅始発の列車であつて、その乗客は極く少数であつた。殊に、いよ一号の平常時における乗客数は一〇名内外であり、本件当日の乗客数も約一〇名位にすぎなかつた。また当局側は予じめ本件ストに備えて今治駅からいよ一号の臨時代替列車の発進を計画していたものであり、本件ストが実施されるや、右計画に従つて今治から代替列車を特発させたので、少くとも今治以東の乗客に対してはさほどの迷惑をかけない結果となつた。また本件訴因には掲げられていないが、本件争議行為により、列車ダイヤの関係から右三列車以外にも、貨物列車や普通旅客列車の運行に若干の混乱が生じたのであるけれども、右のダイヤの乱れにより特に重大な実害が生じた形跡はなく、場所的、時間的にみてもその被害の程度は、さほど大きくなかつたものと認められる。そして、以上のような具体的事情を綜合して判断すると、本件争議行為の結果、甚大な被害が生じ国民生活に重大な支障を生ぜしめたものとは到底いうことができない。

してみると、本件争議行為による被害の程度について、原判決には所論のような事実の誤認は認められない。

第二  法令の解釈適用の誤りの主張について(控訴趣意第一点)。

所論は要するに、原判決が、被告人らの所為は刑法二三四条の構成要件に該当すると認めながら、未だ同条の威力業務妨害罪を以てこれを処罰しなければならないほどの違法性を有するとは認めることができないとしたのは、刑法二三四条、労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで所論にかんがみ、以下順次検討する。

一  先ず論旨は、労組法一条二項の刑事免責規定の適用がある正当な争議行為とは、労務提供拒否行為並びにこれに当然随伴する必要的行為にとどまるのであつて、使用者の業務遂行を妨害する積極的行為はこれに含まれないものである旨主張する。そこで判断するに、そもそも争議行為とは、「同盟罷業、怠業、作業場閉鎖その他労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するもの」(労働関係調整法七条)をいうのであるから、労働者の行う争議行為が、使用者の業務阻害を招来するものであることは論理上当然であり、従つて争議行為の結果使用者の業務の遂行が妨げられたからといつて、直ちに業務妨害罪に問責さるべきものでないことは勿論である。また当該争議行為が、公共企業体等労働関係法一七条に違反するものであつても、それがすべて刑事罰の対象となるものではなく、具体的事情によつては労組法一条二項の刑事免責規定の適用があると解すべきことは、既に最高裁判所の屡次の判例とするところである(最高裁昭和四一年一〇月二六日判決、刑集二〇巻八号九〇一頁、同年一一月三〇日判決、刑集二〇巻九号一〇七六頁、昭和四五年九月一六日判決、判例時報六〇三号二五頁各参照)。そして、公労法一七条違反の争議行為中、刑事免責規定の適用を受ける争議形態としては、同盟罷業、怠業等のいわゆる不作為的争議行為がその典型として考えられるのであるけれども、その範囲を必ずしも不作為的争議行為のみに厳格に限定すべき積極的理由はなく、諸般の事情によつては或程度の積極的争議行為もまた刑事免責を受ける場合があると解すべきである。前掲最高裁昭和四一年一〇月二六日判決が、その理由中において、「このように見てくると公労法三条が労組法一条二項の適用があるものとしているのは、争議行為が労組法一条一項の目的を達成するためのものであり、かつ、たんなる罷業又は怠業等の不作為が存在するにとどまり、暴力の行使その他の不当性を伴わない場合には、刑事制裁の対象とはならないと解するのが相当である。」と判示しているのは、当該事案がたまたま不作為的争議行為であつたところから、具体的事案に則して右のような説示がなされたものであつて、必ずしも一般論として厳格に不作為的争議行為のみに限定することを宣明した趣旨ではないと解される(もし不作為のみに限定する趣旨であれば、不作為に暴力の行使が伴うことは論理上あり得ないのであるから、判示後段の部分は不要となる筈である)。このことは、前掲最高裁昭和四五年九月一六日判決によつても十分窺うことができる。

そうすると、被告人らの本件争議行為が必ずしも不作為的争議行為ではなく、且つ結果として国鉄の業務を阻害した点を捉えて、直ちに刑事免責規定の適用の余地がないとは断定することができず、要は本件争議行為の動機、目的、態様、被害の程度その他諸般の事情を綜合勘案した上で、刑事免責の有無を決すべきものといわねばならない。従つて、この点の論旨は理由がない。

二  次に論旨は、同盟罷業の補助的行為としてのピケツテイングが許されるのは、口頭または文書によるいわゆる平和的説得に限らるべきであり、本件の如く組合員多数が列車の前に立ち塞がるようなピケの方法は、平和的説得の範囲を超えるものであるから、もはや正当な争議行為とはいい得ない旨主張する。

そこで判断するに、なるほどピケツテイングは元来同盟罷業、怠業等の補助手段としてなされるものであるから、その方法としては、労務提供拒否の目的を達成するために必要な一般的方法であるいわゆる平和的説得を原則とすべきものと考えられるのであるが、しかし右の原則を余りに強調しすぎると、場合によつてはピケに何等の実効も期待することができず、争議権を実質的に無力化することがある場合も考えられるのであるから、勤労者に保障された争議権の実効性を確保するためには、具体的事情の如何によつては或程度の阻止的行動に出た場合であつても、それが暴力の行使などの不当性を伴うものでない限り、なお刑事免責を受け得る余地があると解すべきであり、要するにピケ行為については平和的説得を原則とすべきではあるが、これを硬直して考えることなく、個々の具体的事案ごとに、争議行為の動機、目的、態様、結果等の諸般の事情を綜合判断した上でその相当性を決すべきものと解される。このことは学説の多数も認めるところであり、また最高裁昭和四五年六月二三日決定(刑集二四巻六号三一一頁)が、労働組合員多数が市電の前に立ちふさがりその進行を阻止して市電の運行業務を妨害した場合においても、諸般の具体的事情を考慮すれば、これを正当な争議行為と認めることができる旨を判示していることは、右の理を明らかにしたものと解される。

そうすると、本件争議行為の過程において、組合員多数が列車の前に集合してその発進を妨げた点を捉えて、もはやかかる態様の争議行為については、刑事免責の規定の適用を受ける余地がないとする論旨は、これを採用することができない。

三  次に論旨は、原判決が本件争議行為につき諸般の事情を考慮して可罰的違法性がないとしたのは、争議行為の正当性に関する判断を誤つたものである旨主張する。

そこで本件争議における被告人らの行為が、果して刑事罰を科さねばならぬ程の違法性を有するものであるか否かの点について按ずるに、先ず前掲最高裁昭和四一年一〇月二六日判決によれば、憲法二八条の保障する労働基本権尊重の根本精神に則り、争議行為に対し刑事制裁を科することは、必要やむを得ない場合に限られるべきであり、公労法一七条違反の争議行為であつても、それが政治的目的のために行われた場合とか、暴力を伴う場合とか、不当に長期に及び国民生活に重大な障害をもたらす場合等のような不当性を伴わない限り、刑事制裁の対象とすべきではない旨判示していることが明らかである。そこで右判例の趣旨に則り、既に認定した事実関係に基いて、刑事免責の有無を決すべき諸般の事情につき以下検討する。

(イ)  先ず本件争議行為は、国鉄当局に対する年度末手当要求に関して行われたものであつて、何ら政治的意図はなく、その目的について不当な点は認められない。また本件争議行為は、被告人らが所属する国労四国地本の独断で行つたものでは勿論なく、国労本部の統一指令にもとづく全国的争議の一環として行われたものであり、組合役員である被告人らとしては国労本部から指令を受けた以上、これに従つて行動せざるを得ない立場にあつたものである。そして、被告人らは四国地本の役員として国労本部の指令を忠実に実行したまでであり、特に本部の指令以上に勝手に過激な闘争を実施したものではない。

(ロ)  次に、国労本部が本件争議を指令するに至つた経緯は、既に認定したとおりであつて、原判決も詳細に説示しているとおり、国鉄当局側において従来の労使慣行を無視して、抜打的に少数組合と団交を妥結し、その結果を多数組合たる国労に押しつけるような態度に出たため、国労側ではこれを当局側の著しい背信的行為であるとし、国労の団交権の実質的否認、組織の破壊行為であると非難して、これに強く抗議するため本件争議に入つたものである。このような経緯を十分考慮してみると、国労が本件時限ストの実施を指令し、被告人らが右指令に基づいて本件争議行為を実行したことは、国鉄当局側の前記のような態度に起因するものであり、その結果本件事態に立ち至つた責任は、当局側においても負うべきものといわねばならない。

(ハ)  次に、被告人ら組合幹部は、当初から列車の前面にピケを張つてその運行を物理的に阻止すべく予め計画的に企図していたわけではなく、松山駅構内で職場大会を開いて気勢をあげることを予定していたところ、駅構内の線路附近で組合員多数が集合しているうちに、投光器の照明を浴びたり写真を撮影されたりして次第に組合員の興奮が昂まり、漸次列車の前面に集まるようになつたので、被告人ら組合幹部も事の成行上これを指揮、整理して列車前面で気勢をあげるに至つたものであり、また列車前面における組合員らの行動も、列車の物理的阻止を第一義としたものではなく、むしろ線路上で団結の示威をすることにより当局の反省を促し、列車乗務員にストへの協力を求めることにその眼目があつたものである。

(ニ)  次に、本件争議行為の態様についてみるに、先ずその時期については、乗客の極めて閑散な早朝時を特に選んで行われたものであり、その方法も、列車乗務員や取扱助役の発車手続を実力で直接妨害したり、その行動の自由を束縛したりした事実はなく、且つ信号扱所や列車の運行機能自体に物理的な有形力を行使した形跡も全くなく、本件ピケはその態様が間接的で未だ防衛的性格を失つておらず、その威力の程度も比較的低く、不当に過激なものではなかつた。また国労組合員らの線路上における滞留時間が約二時間にわたつたのは、当局側においていよ一号の発進を早々にあきらめ今治から代替列車を発進させたことと(被告人ら組合幹部としては、もしいよ一号が現実に発進を開始した場合には、直ちに組合員らを待避させるつもりであつた)、被告人ら組合幹部が当局から幹部会談の申入れがあるのを心待ちにしていたことによるものであつて、発進態勢にある列車を長時間にわたつて阻止し続けたわけではない。

(ホ)  次に、本件争議行為に際し、国労組合員らが国鉄側職員や警察官等に暴力を加えた事実や、国鉄所有の財産を損壊した事実はなく(もつとも、被告人武知が、国鉄職員坂東正男から退去要求を記したのぼり一本を取り上げてその竹竿を折つた事実があることは認められるが、この程度の行為が本件争議行為全体を違法ならしめるものでないことは勿論である)、本件争議行為は全体として整然と行われ、暴力の行使はなかつたものである。

(へ) 次に、本件争議行為による実害の程度については、既に認定したとおりであつて、組合側が特に早朝閑散時を選んだため、松山駅における乗客は極く少く、またいよ一号については今治駅から臨時代替列車が発進したため、今治以東の乗客には何ら迷惑をかけておらず、結局全体としてその実害の程度はさして大きくなかつたものであり、本件争議行為の結果、国民生活に重大な影響を与えたものとは認めることができない。

以上の(イ)ないし(ヘ)で列挙した具体的諸事情を綜合して判断すると、本件公訴提起にかかる被告人らの行為は、民事上の懲戒処分の対象となるのはともかくとして、未だこれに対し刑事制裁を加えなければならぬ程の違法性を有していないものといわざるを得ない。

そうすると、右と同様の見地に立つ原判決には、所論のような法令の解釈適用の誤りはないものといわねばならない。従つて、論旨は採用することができない。

よつて、刑訴法三九六条、一八一条三項により、主文のとおり判決する。

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